タンザニア~一番苦手で、一番好きな同僚~
―毎週土曜日はSaayaの日―
任期を終える3月が間近に迫っています。
1月から新年度が始まっていますが、残りの期間は授業をもたずサポートすることにしました。教材づくりを手伝い、TTとして入った授業で使い方を提案するというもの。
ただ、職員全体には伝わっていなかったようで
「Njoooooo!
(ちょっと、いらっしゃい!)」
ある同僚教員に呼ばれました。
「最近、学校の中偉そうに歩いているだけじゃない?何で授業してないの?いもづくりは遊びであって、算数教えるために来たのでしょ?」
以前には「ケチ!」なんて言われたことがあるくらい、言葉に遠慮がありません。
その代わり私も言いたいこと言っているし、よく世話をしてくれる彼女を頼っている。
率直なもの言いは、ごもっとも。
残り期間の自分の振る舞い方についてきちんと説明すべきだったと気付かされました。
と、いうことで
恒例となった手書きのフリップを用意して、職員会議で時間をもらいました。
《以下、内容》
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・今まで授業をひとりでもたせてもらってきたが、私の教授法を他の先生は知らないし、私もまた他の先生の教授法を知らないこと
・今後、私は教材づくりを手伝うこと
(基本は算数で、その他教科も受け付ける)
・もれなく私も一緒に授業を行うので、スワヒリ語のフォローをお願いしたいこと
・算数を教えることが自分の仕事であると理解しているが、他に学校の課題(支援が機能していないこと)を見つけたので、私が学校と支援の間に入って有効活用できるようにしたい。だから、
いもは遊びじゃない
(真顔)
※いもについては過去ページ参照
kyouryokutaimath.hatenablog.com
kyouryokutaimath.hatenablog.com
おかげさまで、教材づくりの依頼を多く受けるようになりました。
しかし、
教材=絵を見せる、壁に張るもの
で、何を教えるために、どうして教材が必要なのかが不透明なことがほとんど。
依頼は算数以外の教科が目立ちます。
算数は具体物ではなく、数字で学ぶ教科という認識があるようです。
先日、「体のパーツを絵に描いて」とお願いされたのですが、よく聞くとオフィサーが見に来たときに教材を使って教えていると説明するためにほしいとのことでした。
私だったら、自分の体が実物としてあるので、絵がなくても歌で教えます。
他にも、
「木を伐採しているところの絵をかいてほしい」
「子どもたち、見慣れてる光景だから想像できると思うよ」
こんな調子のやり取りが続きました。
教える側の満足でしない教材をつくる気になれないのが正直なところ。
ただ、子どもたちの手元に教科書がない分、絵で見せたい気持ちも分かります。日本に戻れば、自分のやりたい、やりたくないでは仕事は進みません(くうぅぅぅ)。そう考えたら「つくってほしい」の依頼に応えることが、お礼になるのかなと。
振り返れば、そんな葛藤ばかり。
そろそろ、周りにありがとうを伝えていこう♡
黙々と作業していたら、私も絵描けるわよってお絵かき大会の始まり~☆この日、職員室では教材づくりの輪が広がりました。